男は旅人


男は常に何かを追い求めて旅をしている。
その旅、その歩みを停めない限り、男はいつまででも少年でいることが出来るのだ。

 

昨日の午後、俺はマッチョボディーを作ろうとふと思いつき、弟がいないのをいいことに弟の部屋に侵入し、ダンベルを盗む。
ダンベルさえ手に入れれば、あとはこっちのものだ。
この時点ですでに俺は9割がた坂口憲二になっている。

俺もピーク時は22.5キロをフンガフンガと持ち上げていたのだが、月日の流れとは残酷なもので長年の怠惰によって俺の自慢の腕はおじいちゃんのふくらはぎのように細くなっていた。
泣く泣く重りを外していく。
結局7.5キロで落ち着く。
本来ならBGMはヴィレッジ・ピープルの『イン・ザ。ネイヴィー』がベストなのだが、手元になかったので代替案としてバハメンを大音量で流して精神的ドーピングを図る。

うぉ〜、どりゃ〜
超速でダンベルをアップダウンさせる俺の体はケンシロウ並に引き締まっていった。
その時だ!!
ビシッ!
俺の右ひじに強烈な違和感。
俺は悟った。
あぁ、またやっちまったと。
そう、学生時代痛めた右ひじの靭帯が永い眠りから覚めて、今、再び悲鳴を上げたのだ。

こうなってしまうと本当に厄介だ。
学生時代は野球部の練習が終わると整形外科に直行する毎日だったんだよ。
腕を曲げたり、振ったりするだけで激痛なのです。
一番痛いのはシャンプーの時に頭シャカシャカする瞬間ね。
もう、今日から頭が洗えない。
こんにちは、ヴィレッジ・ピープルの皆さん。

 

 

昨日は久々のロッテの快勝を見届けてから、Mライ君の家に押しかけました。
まぁ、別に何の用もなかったので、無駄に『ウイニングイレブン』で対戦。
3勝5敗。
負け越したのは肘の故障のせいに違いない。

そのあとはMライ君はエロファイルの詰め込みすぎで壊れたパソコンをいじって、俺は『王様はロバ』という、これまた懐かしいマンガを黙々と読む。
『王ロバ』が五巻に差し掛かった時に、俺の腹に雷鳴が轟いた。
俺が「ゲリーが出そう」と言うと、Mライ君は「じゃあ、コンビニに行こう」と一言。
いくら俺が便器に収まりきらない規格外のゲリーをするからって、あまりにも酷すぎるじゃないの。

そこから俺の旅は始まった。
あの時の俺は確かに少年だった。
なんせ、ゲリーをしに行くために原付に跨ったからね。

Mライ君の家から一番近いコンビ二はセブンイレブンなのだが、運が悪いことにそこがちょうど改装工事中で店が閉まっている。
俺の肛門だけは容赦なく開こうとしているというのにっ!!

次にファミリーマートに行ったのだが、「トイレは貸していません」とあしらわれた。 
怒りのあまりに店の入り口に神の怒りこと俺のゲリーをぶち撒けてやろうかと思ったが、なんとかこらえた。
あそこで神の怒りが発動していたら、俺は今、この場にいないだろう。

もう一ヶ所あるセブンイレブンに向かう最中に踏切があって、ちょうどカンカン鳴っているところだった。
すると原付に乗ったMライ君がフラフラと降りてくる遮断機の内側に入り、線路の直前で停止した。
「くだらねぇ、ウケ狙いしてるなぁ」と思い、「何やってんだよ」と俺が声をかけると、Mライ君はハッと我に戻って慌てて、完全に降りた遮断機を持ち上げて線路内から出てきた。
「ボーッとしてた!!」とMライ君。
ウケ狙いではなかったのか…
あのまま電車来てたら、間違いなく死んでたじゃん。
日本一、恥ずかしい死に方を目の当たりにするところだった。
しかし、あんなにハッとした人を俺はトシちゃん以外で初めて見た。

結局、次のセブンイレブンでトイレを貸していただき、危機は去った。
旅の終わりとはいつも少しばかりの寂しさがついてくるものさ。
ケツについてくるものがないようにしっかりと拭きながら、俺は改めて旅の郷愁を噛み締めていた。

 

 

Mライ君の家に戻ってからはゴルフゲームをした。
序盤から俺がバーディーを連発し、ボギーを叩くMライ君を突き放していく。
するとMライ君が俺に向かって、「お前の顔がだんだん不動に見えてきた」と俺の集中を大きく乱す暴言を吐いてきた。
Mライ君だってジャンボ尾崎みたいな髪型してるくせに!
俺の集中力はそこで切れてしまい、後半はボギー連発。
結局、インで5打差あったにも関わらず、トータルでは1打差で負けてしまった。
後ろ髪を伸ばすことを決意した。

ゴルフで敗退し、機嫌の悪くなった俺は「お前の家、燃やしてやる!」と叫びながら、Mライ君の家をあとにした。
朝5時の空気はヒンヤリ冷たい。